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東京地方裁判所 平成6年(行ウ)319号 判決 1995年11月30日

原告

後藤雄一(X)

被告

(世田谷区長) 大場啓二(Y)

右訴訟代理人弁護士

山下一雄

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  原告の請求

被告は、東京都世田谷区に対し、金一四〇〇万八九六三円及びこれに対する平成六年一〇月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、東京都世田谷区長である被告が、東京都世田谷区(以下「区」という。)が所有する同区船橋五丁目九六一番一外三筆の土地(住居表示船橋五丁目三三番、面積合計一四八一・〇九平方メートル、平成三年三月以降は一四四二・七四平方メートル、以下「本件土地」という。)を株式会社世田谷サービス公社(以下「公社」という。)に貸し付けた(この貸付けに係る賃貸借契約を以下「本件契約」という。)ところ、区の住民である原告が、その賃料(以下「本件賃料」という。)が著しく低廉であって地方自治法(以下「地自法」という。)二三七条二項にいう適正な対価に満たないのに、平成元年から平成五年までの間、賃料改定の措置を違法に怠って区に損害を与えたとして、被告に対し、右期間中の原告算定に係る本件土地の賃料としての適正な対価と現実に支払われた賃料との差額を区に支払うよう求めている事案である。

本件の争点は、第一に、右期間中に被告が賃料改定の措置を採らなかったことが違法か否か、第二に、右措置を採らなかったことにより、区に損害が発生したか否かにある。

第三  争点に関する当事者の主張

一  被告が平成元年から平成五年までの間、本件賃料を増額するべき措置を採らなかったことは違法か否か。

1  原告の主張

地自法二三七条二項は、普通地方公共団体の財産は適正な対価なくして貸し付けてはならない旨を規定しているところ、右にいう適正な対価とは、当該財産を貸し付ける際の時価をいうものと解すべきである。

しかるに、平成元年当時の本件賃料は一平方メートル当たり月額約九九円であるところ、本件土地の隣接地の固定資産税額と都市計画税額(以下両者を併せて「公租公課」という。)が当時一平方メートル当たり月額約一四四円であったこと、原告らが平成六年七月一二日に監査請求をおこなうなどして本件賃料が不当に低廉であることを追及しはじめるや、同年八月三〇日、平成六年四月一日にさかのぼって本件賃料が約二・八倍に引き上げられたこと、被告が上用賀五丁目二一五番七の区有地(以下「上用賀土地」という。)を駐車場として公社に貸し付けた際の賃料が、平成元年当時一平方メートル当たり月額約二五二円であったことなどからすれば、本件賃料が適正な対価を下回っていたことは明白である。

また、公社は、公益法人ではなく、平成五年度の当期未処分利益として四億三九八六万六四二一円という巨額の黒字を計上し、同年度の法人税・事業税・法人住民税を併せて一億五九六五万三四〇〇円も納める株式会社であり、その事業内容も、清掃事業やワイン販売など民間でも可能なものに過ぎず、平成五年四月には職員の福利厚生のためとして二五〇〇万円のゴルフ会員権を購入したり、近い将来には第三者割当増資による民間大企業数社の資本参加を予定していることなどから明らかなように、その経営姿勢には何らの公益性も認められないから、公社の公益性をもって本件賃料としての適正な対価を算定するについての特別事情と解するのは、失当というべきである。

さらに、平成六年七月に、区が本件土地を障害者職能開発センターとして利用することが決まり、本件契約の存続期間を平成七年二月末までに改定する必要が生じたために、被告が平成六年七月一一日付けで同年四月にさかのぼって賃料を増額する旨の改定をしたことに照らせば、平成元年から平成五年までの期間中、本件土地の利用計画が何度も変更されたことをもって、本件賃料の改定を留保してきた理由とすることはできない。

したがって、被告が、平成元年から平成五年までの間、本件賃料を増額する旨の改定をしなかったことは、区有地の管理を怠ったことにほかならないから、違法である。

2  被告の主張

地自法二三七条二項の規定にいう適正な対価とは、当該財産を貸し付ける際の市場価格を考慮し、なお当該取引につき斟酌されるべき特別事情がある場合にはこの点も参酌した上で、相手方に不当な利益を生ぜしめない客観的公正な対価をいうものと解すべきである。

そして、本件契約に際しては、<1>本件土地は、取得した際の事業目的の実現が局辺住民の反対などで頓挫した後、約三年間にわたり区が空き地として管理していたものであり、これを賃貸する方が、財産管理上適当である上に付近の駐車場不足を緩和できるものと期待されたこと、<2>本件契約の相手方である公社は、昭和六〇年四月一日に区の全額出資により設立され、地域社会の発展と区民福祉の向上に寄与することを設立趣旨とし、障害者及び高齢者の雇用を進めるなどの公益性を有しており、区としてもその育成に配慮すべきであったこと、<3>区は、公社の全発行済み株式を保有し、平成五年まで、公社に生ずる利益は、資本組み入れや新規事業のための積立金等を除いて全て区に寄付させていたこと、<4>民間における一般的な土地賃料の算定方法としては、公租公課の二倍程度が基準とされているが、区が非課税団体であることからすれば、区が賃貸人となる本件賃料は公租公課そのものを基準とするのが相当であるところ、本件土地の近傍地の公租公課は本件契約締結当時で一平方メートル当たり一二九円であったこと、<5>本件土地は、南側及び東側において道路に接するが、東側道路の幅員は四・五メートル、南側道路の幅員は二・五メートルといずれも狭く、特に出入口のある東側道路は一方通行である上、本件土地は駐車場としては使用しにくい不経済な地形であることなど、その賃料を算定するに当たっては、斟酌されるべき数々の特別事情があったことからすれば、本件賃料は適正な対価であったというべきである。

また、被告が、本件賃料を平成元年から平成五年まで改定しなかった理由は、本件土地の利用計画が度々具体化し、本件土地が早晩返還されるものと認識して賃料を増額する旨の改定を留保していたところ、右各利用計画がその後にいずれも変更になったことにあるから、これを直ちに財産管理を怠ったものと評価することはできないものというべきである。

したがって、被告が、平成元年から平成五年までの間、本件賃料を増額する旨の改定をしなかったことは、区有地の管理を怠ったものとはいえないから、適法である。

二  被告が平成元年から平成五年までの間、本件賃料を増額する措置を採らなかったことによって区に損害が発生したか否か。

1  原告の主張

本件土地を貸し付ける際の適正な対価は、平成四年から平成五年までは、平成六年八月三〇日に改定された本件賃料(一平方メートル当たり月額約二八八円)を下回ることはないというべきであり、平成元年から平成三年までは、上用賀土地の右期間の賃料(一平方メートル当たり月額約二五二円)の平成四年から平成六年までの賃料(一平方メートル当たり月額約三〇二円)に対する割合(〇・八三)を本件土地の平成四年から平成五年までの適正な対価である一平方メートル当たり月額二八八円に乗じた金額(一平方メートル当たり月額約二三九円)を下回ることはない。したがって、被告が平成元年から平成五年までの本件賃料(一平方メートル当たり月額約九九円)を改定しなかったことにより、区は右適正な対価との差額合計一四〇〇万八九六三円の損害を被ったものである。

被告は、本件契約によって区になにがしかの賃料収入が生じている以上、本件土地を空き地として管理する場合と比較すれば損害がないはずであるとの主張するが、これによると本件賃料はどんなに安くてもよいことになり、地自法二三七条二項を空文化することになるから、失当である。

2  被告の主張

本件契約によって公社に利益が生じるとしても、公社の利益は、一部が公社の経営の安定に資するため、資本組み入れや新規事業のための積立金等に充当されるほかは、全て公社の全株式を有する区に確実に還元されており、区以外の者に還元されることはない。

また、本件土地の管理の方法として、その利用計画が確定するまでの間、賃貸することなく空き地として管理する方法もあるが、その場合は区には収入はなく、管理費用が必要となるのに対し、本件契約により区は管理費用が不要となり、賃料収入が生じることになる。

したがって、本件契約によって区に損害が生じることはあり得ないものというべきである。

第四  争点に対する判断

一  事実関係

争いのない事実及び〔証拠略〕によって認められる事実は、以下のとおりである。

1  区は、昭和五八年五月二六日、北沢・太子堂防災街づくり等関連事業用地として本件土地(面積一四八一・〇九平方メートル)を購入した。

2  本件土地は、一方通行規則のある道路から更に一方通行規制のある幅員四・五メートルの道路に入った戸建住居、共同住宅、工場等の混在する地点に存在し、東側で右道路と接し、南側で幅員二・五メートルの道路と接する台形状の不整形地であり(別紙1参照)、北側には近隣の日本金型精工株式会社が自ら管理する駐車場が存在する。

原告が本件土地と比較する上用賀駐車場は、環状八号道路沿いのマンション、駐車場、展示場等が存する一画に存する整形地であり、進入路は一方向に限定されるが、本件土地と比較すれば、はるかに駐車場等の営業上は有利な土地ということができる。

3  公社は、区が全額出資して設立した株式会社であり、民間的経営感覚の導入に意を用いて、地域社会の発展と区民福祉の向上に寄与する旨を設立趣旨として、区の公共施設の管理、不動産の取得及び分譲等、書籍及び日用雑貨等の売捌き並びに食堂及び駐車場の経営等を目的としている。また、公社は、障害者と六〇歳以上の者の雇用を積極的に推進し、現在、社員約八五〇人のうち、このような者が約四二パーセントを占めるに至っている。

公社は、設立時から、少なくとも平成六年三月三一日までの各事業年度については、各期の全利益を、区への寄付金、事業税等の各種税金、資本金への組み入れ、新規事業開発積立金又は次期繰越利益のいずれかの形で処理し、昭和六〇年四月一日からの事業年度において六〇〇万円を、昭和六一年四月一日からの事業年度において三〇〇〇万円を、昭和六二年四月一日からの事業年度において五五〇〇万円を、昭和六三年四月一日からの事業年度において七〇〇〇万円を、平成元年四月一日からの事業年度において八〇〇〇万円を、平成二年四月一日からの事業年度において五〇〇〇万円を、平成五年四月一日からの事業年度において五〇〇〇万円を、平成六年四月一日からの事業年度において五〇〇〇万円を、それぞれ区に寄付した。

右によれば、公社はその形式においても営利を目的とする法人であり、その運営は方針においても民間的経営感覚によることを目指すものであったが、区が全額を出資していることから、監査の対象となると共に(地自法一九九条七項)、民間企業に比較して区の政策に柔軟に対応することが期待され、また、その利益も、寄付又は資産(株式)として区に帰属するものであったこと、事業の内容においても、区の行政の周辺事務又は補完的事務を担うことを目的とするものと期待されていたことが認められる。

なお、公社が平成五年四月ころ二五〇〇万円を支出してゴルフ会員権を購入したこと(〔証拠略〕)及び近い将来において、公社が第三者割当の方式により民間資本を導入することが検討されたこと(〔証拠略〕)が認められるが、区職員又は公社従業員の福利厚生のためにゴルフ会員権を購入することが直ちに右説示した公社の性質と矛盾するものではなく、公社が第三者割当の方式により民間資本を導入する計画があることも、平成六年ころまでにおける公社の性質に関する右認定を覆すものではない。

4  公社の設立当初からの売上高の推移は別紙2のとおりであり、設立当初から一貫して経常利益を計上してきているが、昭和六〇年四月一日の設立当時には、欠損を生じることが予想され、実際に、昭和六〇年四月一日からの事業年度においては、営業損益だけをみれば三六九万八五三五円の損失を計上した。

5  本件土地については、区が取得した当初、周辺地域に点在する工場を集約したテクノパークの建設用地として利用計画が立てられていたが、地域住民の合意が得られなかったことなどから、区は、利用計画の見直しを余儀なくされることとなり、取得後約三年間にわたり、空き地(未利用地)として管理してきた。しかし、被告は、本件土地の新たな利用計画が策定されるまでの間、本件土地を空き地として管理するよりも、駐車場として活用する方が経済的であるとともに、本件土地周辺の駐車場不足の解消にも役立つものと判断した。

6  かくて、被告は、昭和六一年三月二六日、本件土地を、月額賃料を一三万三二九九円、存続期間については街づくり等関連事業として必要になるまでの間との約定の下に、公社が事業運営をする駐車場の用地として区が公社に貸し付ける旨の本件契約を締結した。本件契約中には、その存続期間中、諸物価の変動等が生じたときは、区と公社は協議の上で賃料を改定することができる旨の約定があった。

なお、本件賃料を定めるに当たっては、行政財産の場合に準ずると地価の一〇〇〇分の二・五を目安とすることとなるところ(〔証拠略〕)、地価を公示価格とすると公租公課の七・六倍、相続税財産評価基準路線価とすると公租公課の約四倍となるが、一般に土地の賃料は公租公課の二倍程度と考えられた。そこで、昭和六一年当時、本件土地の近隣土地について都税事務所で公租公課を調査したところ、一平方メートル当たり月額一二九円であったが、被告は、前記5記載の事情から、本件土地は、その利用計画が具体化した段階で速やかに返還してもらう必要があると認められること、前記2記載の事情から、本件土地が駐車場として維持管理していくには営業上不利な土地であると認められること、前記3記載の事情から、公社の事業に公益的性格があり、区としてもその育成を図るべきであることなどを斟酌した上、賃料を月額一三万三二二九円(一平方メートル当たり約九〇円)とした。

7  被告は、昭和六三年四月一日、区と公社との間で、本件賃料を月額一四万六六二九円に改定する旨の合意をした。

8  なお、本件土地の利用については、平成元年一二月に福祉・資源活用型のリサイクルセンターの建設用地とする構想が検討されたが、その後の平成三年一二月には第三セクターの設置・運営による障害者の就労を目的とした都市型福祉工場の建設用地として利用する計画に変更された。平成四年の秋ころには、本件土地上への都市型福祉工場の建設計画が具体化したことから、区は公社に対し本件土地の返還を求めたが、同計画が採算面等から困難なことが判明したため、区の同計画は延期になり、本件契約が継続された。

なお、平成三年三月ころ、本件土地周辺道路の拡幅に伴い、区は本件土地の一部を道路用地として分割したため、本件土地の面積は一四四二・七四平方メートルとなった。

9  被告は、平成六年七月一一日、公社との間で、平成六年四月一日にさかのぼって本件賃料を月額二七万五五六三円、賃貸借期間を平成七年二月二八日までに改定する旨の合意をした。

10  原告は、平成六年七月一二日、被告及び都市整備部長が財産の管理を怠り、地自法二三七条二項及び区公有財産管理規則二九条に違反して本件土地を違法に安く貸し付け、公社に利益を供与するとともに区に損害を与えたとして、区監査委員に対し、住民監査請求(以下「本件監査請求」という。)をした。

11  被告は、平成六年八月三〇日、公社との間で、平成六年四月一日にさかのぼって本件賃料を月額四一万五一九八円、賃貸借期間を平成八年三月三一日までに改定する旨の合意をした。

なお、右賃料額の増額合意は、本件土地の返還時期について公社から利用者の都合も考慮して欲しい旨の要望があったことによるものであったが、これに加えて、本件監査請求により賃料額の適正さが問題とされていることを当然認識した上でのものと推認される。

12  区監査委員は、平成六年九月五日付けで、原告に対し、本件監査請求を棄却する旨の通知をした。

13  平成六年七月、本件土地の利用計画が(仮称)障害者職能開発センターの建設用地として具体化したことを受けて、平成七年五月末ころ、本件土地上の駐車場は閉鎖された。

14  本件賃料と用賀、上用賀における公社管理駐車場との賃料等の比較は別紙3のとおりである。

二  争点1について

以上の事実を基にして、被告が平成元年から平成五年にかけて、本件賃料を改定しなかったことが、違法に本件土地の管理を怠る事実に当たるか否かについて検討する。

1  地自法二三七条二項が、普通地方公共団体は、その有する普通財産を、条例または議会の議決による場合でなければ適正な対価なくして貸し付けてはならない旨を定めた趣旨は、普通財産を特に低廉な価格で貸し付けるときには、当該普通地方公共団体がその財政運営上多大の損失を被り、ひいては財政破綻の原因となったり、住民の負担を増大させるおそれがあるのみならず、特定の者の利益のために、当該普通地方公共団体の財政運営が歪められるおそれもあるからである。

そうであるとすれば、右にいう適正な対価とは、当該賃貸借における具体的な諸事情及び当該財産を貸し付ける場合の市場価格を考慮して、相手方に不当な利益を生ぜしめないような客観的公正な対価として評価される額であるというべきことになる。

そして、地自法の右の要請そのものは、賃貸借の継続中に貸付けの対価たる賃料が適正な対価としての額を下回る場合においても変わるところはない。したがって、単年度毎に契約が締結されるときは、その都度、是正の要否を検討すべきものであり、賃貸借の継続中でも、賃料が適正な対価としての額を下回ることとなったときは、財産管理責任を負担する者は、適正額までの賃料額改定の要否を検討して、必要があると判断したときは、適切な措置を講ずべき義務があるものといえる。

2  ところで、土地に課される公租公課は財産価格ひいては当該財産からの収益・利用利益の発生を前提とするものであるから、当該財産の収益力は、一般に公租公課を超えるものと推認することができる。そうすると、既に認定した本件土地の客観的事情及び本件土地の賃貸借期間が不安定であったこと、事業の開始に当たっては何らかの資金準備を要したと推測されること等を考慮して、仮に、昭和六一年の契約当時の賃料が適正な対価の範囲に含まれ得るものであったとしても、昭和六三年末の本件土地の月額賃料一四万六六二九円(一平方メートル当たり九九円)は昭和六一年当時の近隣土地の公租公課(一平方メートル当たり一二九円)にも及ばない金額であった上、被告においても一般の賃料は公租公課の二倍程度と理解されていたことを考えれば、右賃料をもって適正な対価ということは困難である。確かに、本件では、公社の事業の公益的要素があること、区として公社育成の必要があったこと、公社の利益は全額出資者である区に還元されるといった事情があったことが認められるが、公益的事業の委託を予定した公社を育成する必要が直ちに「適正な対価」の評価要素となるものではなく、公社の利益が区に還元されるとしても、公社が利益として区に還元する金額と本件賃料額との間に直接の関係はないのであるから、右の事情の故に適正な対価が減額評価されるべきものとは解されない。

そこで、適正な対価としての賃料の額を検討するに、原告は、平成四年から平成五年までの賃料を平成六年八月三〇日に改定された賃料と同額とし、この賃料額に上用賀の賃料増加率を勘案して平成元年から平成三年までの賃料を算定しているが、右増額によって本件土地の賃料は上用賀駐車場よりも公租公課との対比においてより高率となっていること、この改定が従前の賃料額を不当とする指摘をも考慮したものと推認されることに照らせば、平成六年八月三〇日の改定がそれまでの賃料と適正な対価との乖離を折り込んで決定された可能性があり、右金額をもって直ちに適正な賃料額の算定基礎とすることはできない。そして、〔証拠略〕によれば、上用賀土地は昭和六一年当時行政財産であったものと認められるところ、仮に、平成元年当時の上用賀土地の賃料から推計して、昭和六一年当時の上用賀土地の使用料が、同時期の本件土地の賃料を上回っていたとしても、上用賀土地は幹線道路である環状八号線に面する長方形の整形地であって本件土地よりも駐車場としての営業上有利な土地であったのであり、そもそも、被告が公社に幾つかの区有地を賃貸するに当たって、前記事情の下で、賃料ないし使用料を市場価格から必ず同様の比率で減額しなければ当該賃料ないし使用料が客観的に公正な対価ではなくなるとまではいえないものというべきである。したがって、賃料額に関する原告の主張を採用することはできない。

しかし、本件賃料決定に当たって考慮された諸事情(前記認定6)に照らしても、適正な対価が昭和六三年末当時において公租公課を下回ることを正当とすべき理由は見出せない。そうすると、平成元年から平成五年までの本件賃料は少なくとも公租公課を下回る限度で適正な対価といえなくなっていたというべきである。

3  ところで、賃料額が適正な対価を下回る事態となった場合においても、既に合意されている賃料につき増額改定のための措置を採らないことが違法に財産の管理を怠る事実に当たるといえるためには、賃貸借契約の締結経過、その後の諸事情、土地使用計画の具体化の程度、適正な対価と現実の賃料との乖離の程度、適正な対価といえなくなった時からの期間等の諸事情を勘案した上で、増額のための協議申入れ等の措置を採らないことが、地自法二三七条二項の趣旨に照らして社会通念上看過し得ない程度に不合理なものとなっていることを要すると解すべきである。

そして、普通財産の賃貸借については公用または公共用に供すべきときは普通地方公共団体の長は契約を解除することができるが(地自法二三八条の五第三項)、前記認定のとおり本件土地の利用計画の推移に照らせば、本件土地は通常予定されている以上に、賃貸期間の予測が困難であり、賃借入にとっては不安定なものであって、一般の民間企業に賃貸するには適当ではなかったこと、区にとっては使用時期の未定の遊休地の管理の負担を公社に委ねるという利便を得るという特殊な事情の下で本件土地が賃貸されたこと、契約の目的は駐車場使用であって借地法の適用を受ける賃貸借ではなかったから契約の一方当事者である区に増額請求権が認められるものではなく、賃料の改定も双方の協議によるべきものであり、公社の性格に照らせば区からの増額協議の申入れには積極的に対応することが期待されていたといえるが、増額の協議が成立しないときは、区としては従前賃料を維持して賃貸借を継続するか、空き地として自ら管理することを前提に契約をいったん解約し他の賃借入を探すことになるという関係にあったことが認められる。

したがって、被告として増額協議を申し入れるに当たっては、右諸事情及び区の施策の具体化の程度を勘案して、その時期、金額を決することが予定されていたものというべきところ、本件土地については利用計画が二転三転したことから、本件土地の返還時期の予測が困難な事情の下に公社に対する増額協議の申入れが遷延された事情が認められ、さらに、公社の利益が全額出資者である区に還元され、現実に公社から区への寄付金の支払があったことから、増額協議の申入れが遅滞することで区が財政上多大の損害を被ったり、公社の利益のために区の財政運営が不当に歪められるおそれはなかったことが認められる。そして、被告は、平成六年七月一一日に、同年四月一日にさかのぼって本件賃料を月額二七万五五六三円と大幅に増額することで公社と合意し、さらに、同年八月三〇日にも、同年四月一日にさかのぼって本件賃料を四一万五一九八円に増額する旨の合意を公社としているのである。

以上によれば、本件の賃貸借契約に当たり単年度契約とすることなどにより実質的な賃料改定の機会を確保しなかったことにやや適切を欠いた点がないとはいえないが、これが被告の裁量の範囲を超えるものとまではいえないし、前記諸事情及びやや遅きに失するきらいがないではないが平成六年七月及び同年八月に賃料額の増額の合意をしていることをも総合すれば、平成元年から五年までの期間に渡り賃料額の増額をしなかったことをもって地自法二三七条二項の趣旨に照らして社会通念上看過し得ない程度に不合理なものとまではいえず、未だこれを違法であると断定することはできない。

三  結論

以上のとおりであって、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないことに帰するから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 富越和厚 裁判官 竹田光広 岡田幸人)

別紙1~3〔略〕

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